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新潟地方裁判所 昭和41年(行ウ)9号 判決 1968年6月06日

新発田市諏訪町三丁目一番一七号

原告

市島長松

新発田市諏訪町二丁目四番二三号

被告

新発田税務署長

三田村正弘

右指定代理人

青木康

柏樹修

山口三夫

志村忠一

矢沢芳夫

藤巻忠夫

右当事者間の昭和四一年(行ウ)第九号贈与税等賦課処分取消請求事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告

1  被告が、昭和三九年九月九日付をもつてなした昭和三四年分の贈与税を金一四三万〇、七〇〇円とする決定、および無申告加算税を金三五万七、五〇〇円とする賦課決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の原因)

一、被告は、昭和三九年九月九日原告の昭和三四年分贈与税を金一四三万〇、七〇〇円および無申告加算税を金三五万七、五〇〇円と決定(以下、本件処分という。)し、同日原告にその旨を通知した。

原告は、本件処分を不服として関東信越国税局長に審査請求をしたが、同局長は昭和四一年二月一八日これを棄却する旨の裁決をなし、右裁決は同月二四日原告に通知された。

二、本件処分の理由は、「原告は訴外市島厚と共有の別紙(一)記載の不動産(以下、本件不動産という。)につき、市島厚から昭和三四年五月八日売買を原因として、同年八月一二日同人の持分の二分の一の移転登記を受けたが、右共有持分移転原因は売買ではなく贈与であるのに、原告は右贈与につき申告しなかつた。」というにある。

三、しかし、本件処分はつぎのとおり違法である。

1  本件不動産の共有持分移転原因は、つぎに述べるように売買であるのに、これを贈与として課税したのは違法である。すなわち

(一) 原告は、分家である市島厚と共同で昭和二一年一二月一〇日本件不動産を金八〇万円で買受け、昭和二二年五月二一日その旨の所有権移転登記を経た。

(二) 右売買代金は、原告が金四〇万円を、市島厚が他から融資を受けて金四〇万円を負担した。しかし、買受当時本件不動産中の家屋には訴外高野与己が賃借人として居住していたので、同人に対する明渡請求訴訟に多額の費用を要し、さらに同人に対する明渡費用として金六五万円を支出することになつたため、市島厚は原告との共有関係を続けることを好まなくなつた。

(三) そこで、原告は市島厚から同人の本件不動産の持分をつぎの約定の下に買受けることとした。

(イ) 代金、金一一一万五、〇〇〇円(本件不動産買受後、昭和二七年にいたるまで、原告および市島厚が本件不動産に関して支出した一切の費用合計金二二三万円の半額、その支出明細は別紙(二)記載のとおり。)

(ロ) 支払方法、右費用金二二三万円中市島厚が現実に支出した金七七万円を市島厚に償還し、残額については原告が支出した金員をもつて充当する。

(三) 右の約旨にしたがい、原告は市島厚に対し昭和二七年八月金五〇万円を、昭和二八年七月末日までに金二七万円を支払つて同人の支出分金七七万円を償還し、よつて同年八月同人の本件不動産の持分権を取得したのである。

2  仮に、本件不動産の共有持分移転原因が、売買でなく贈与であるとしても、その贈与の行なわれたのは昭和二八年八月であるのに、前記登記当時に贈与がなされたものとして、昭和三四年分の課税をしたのは違法である。

四、よつて、原告は、被告に対し、被告のなした本件処分の取消を求める。

(被告の答弁および主張)

一、請求原因一および二の事実は認める。

同三の1の冒頭の事実は争う。同三の1の(一)の事実のうち、原告が市島厚と共同で本件不動産をその主張日時に買受け、その旨の所有権移転登記を経たことは認めるが、その代金額は不知。同三の1の(二)ないし(四)の事実は、いずれも不知。

同三の2および四の事実は争う。

二、本件処分は、つぎのとおり適法である。

1  被告が本件不動産の共有持分移転の原因を贈与と認定した理由はつぎのとおりである。

(一) 被告は、原告が本件不動産の共有持分移転につき、その移転登記のなされた昭和三四年八月一二日ころ、もしくはその原因である売買がなされたとされている同年五月八日ころ、市島厚から対価の支払いを受けた形跡がなかつたので、本件処分に先だちこの点につき原告に尋ねたところ、原告は右日時ころ対価の支払を受けたことがないことを認めたうえ、その移転原因は昭和二七年中の代金五〇万円の売買であると主張したが、これを証すべき契約書も、売買代金領収書も所持していなかつた。

(二) 原告は、昭和二七年分の富裕税の申告書を昭和二八年三月一六日に、その修正申告書を同年七月一四日に被告に提出しているが、そのいずれの場合においても、本件不動産を原告と市島厚の共有として申告している。

(三) 原告は昭和二八年八月、市島厚およびその長女市島綾子との間に、本件不動産中家屋の賃貸借契約を締結し、両名から賃料として毎月金六、〇〇〇円を受領している旨主張するが、その賃料収入についての不動産所得の申告は全くなされていない。

(四) 市島厚は、昭和二八年一〇月二六日本件不動産の持分権者として、同年八月二二日転居による住所移転の附記登記をしている。

(五) 原告は、昭和三九年三月から九月の間に、新発田税務署の係官に本件不動産の共有持分の代金五〇万円の授受を証する書面はないと答えながら、審査請求の段階で昭和二七年八月二九日付「領収書」なる書面を提出し、最初「昭和二七年に市島厚の妻トミから金五〇万円と引換に受取つた。」と説明し、不審な点を追及されると「最近書いてもらつた。」と前言をひるがえした。

(六) もし、原告が昭和二七年に本件共有持分を買受けたとすれば、登記原因の日付をことさら昭和三四年五月八日にする必要はなく、昭和三四年にすればかえつて不動産取得税の課税を招くおそれがある。

(七) 原告が、かつて主張した売買代金五〇万円は、原告主張の市島厚が負担していた高野与己との本件不動産(家屋)の明渡請求事件の訴訟費用の一部金二七万円の肩替りを考慮しても、なお低額に過ぎる。

(八) 原告は前記(一)のとおり、審査請求の段階までは売買の日時を「昭和二七年中」と主張していたが、本訴にいたりはじめて「昭和二八年八月」と訂正した。これは、被告から前記(二)の事実を指摘されたことによると思われる。このような原告の態度によつても、原告の主張が理由がないことが明らかである。

2  原告は、本件不動産の共有持分の取得について贈与税の申告をしないので、被告はつぎのとおり贈与税および無申告加算税を算出して賦課決定を行なつた。

(一) 贈与税について

(イ) 贈与税の課税価格(相続税法((昭和三七年法第六七号による改正前のもの。以下、法という。))第二一条の二。)、受贈財産の評価額の合計金三九六万一、四八五円

(ロ) 基礎控除(法第二一条の四)、(イ)の課税価格から金二〇万円を控除する。

(ハ) 算出税額(法第二一条の五)、(ロ)の基礎控除後の課税価格金三七六万一、四〇〇円(端数の八五円については、国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律第五条により切捨てる。)に対し、法第二一条の五の規定を適用し、贈与税額金一四三万〇、七〇〇円を算出した。

(二) 無申告加算税について

加算税の基礎となる税額金一四三万円(金七〇〇円については法第五三条第四項の規定により切捨てる。)に対して、百分の二五を乗じた金三五万七、五〇〇円が無申告加算税額となる(法第五三条第二項。)。

(被告の主張に対する原告の答弁)

一、1、(一) 被告主張二の1の(一)の事実は認める。但し、代金が金五〇万円であると主張したことはない。原告は前記(請求原因三の1の(三))のとおり、昭和二八年八月に本件不動産の共有持分を買受けたもので、契約書、領収書を受取らなかつたのは、市島厚が親戚であつたためである。

(二) 同(二)の事実は認める。昭和二八年七月まで本件不動産は原告と市島厚の共有であつたから、被告主張のような申告は当然である。

(三) 同(三)の事実は認める。原告が不動産所得の申告をしなかつたのは、家賃収入を上廻る修繕費を支出しており、家賃が必要経費にもみたなかつたことによるのである。

(四) 同(四)の事実は認める。

(五) 同(五)の事実のうち、原告が審査請求の段階で昭和二七年八月二九日付領収書を提出し、被告主張のような説明をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六) 同(六)は争う。

(七) 同(七)の事実は争う。

(八) 同(八)の事実は争う。

2 同二の2の事実について、もし本件不動産の共有持分の取得が贈与であるとするならば、贈与税、無申告加算税が被告主張のとおりであることは認める。

二、なお、原告は昭和二八年八月本件不動産の共有持分を取得後、市島厚およびその長女綾子に対し、本件不動産中の家屋の半分を賃貸した。

また、原告は右共有持分取得後昭和三四年にいたるまで、本件不動産につき、家屋改築修繕費金一五〇万円、土地改良修理費金九〇万円、固定資産税金三八万円、合計金二七八万円を単独支出している。

もし、被告主張のように昭和三四年まで本件不動産が原告と市島厚の共有であつたとするならば、このように、原告が本件不動産中の家屋を市島厚らに賃貸し、あるいは本件不動産全部に対する諸費用一切を単独で負担するということはあり得ないことである。

(証拠)

一、原告

甲第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証、第六号証の一、二を提出し、証人山岸小五郎、藤巻忠夫、五十嵐清次郎の証言を援用し、乙号各証(乙第五号証は原本の存在および成立も含めて)の成立は認める。

二、被告

乙第一ないし第六号証を提出し、証人市島トミ、市島綾子、加藤典子、佐藤儀一の証言および原告本人尋問の結果を援用し、甲第二号証、第三号証の一、二の成立は認めるが、その余の甲号証の成立は知らない。

理由

一、請求原因一、二の事実、および原告が市島厚と共同で昭和二一年一二月一〇日本件不動産を(代金額の点は別として。)買受け、昭和二二年五月二一日その旨の移転登記手続を経たところ、その後市島厚から右共有持分(二分の一の持分。以下、単に本件持分という。)の移転を受けたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、以下、本件持分の移転原因が、原告主張のように昭和二八年八月の売買または贈与であるか、被告主張のように昭和三四年五月八日ころの贈与であるかについて検討する。

1  (イ) 原告は、昭和二七年分の富裕税の申告書を昭和二八年三月一六日に、その修正申告書を同年七月一四日に被告に提出しているが、そのいずれの場合においても、本件不動産を原告と市島厚の共有として申告していること。

(ロ) 市島厚は、昭和二八年一〇月二六日本件不動産の持分権者として、同年八月二二日その住所を移転した旨の附記登記をしていること。

(ハ) 原告は、市島厚から昭和三四年五月八日売買を原因として、同年八月一二日本件持分の移転登記を受けていること、しかし、右五月八日ころ、市島厚から対価の支払を受けていないこと。

以上の事実は当事者間に争いがない。

2  そして、成立に争いない乙第六号証、証人市島綾子、市島トミの各証言および原告本人尋問の結果によると、市島厚は昭和二〇年戦災にあつて以来、その居住家屋に不便を感じていたところ、本件不動産中の家屋(別紙(一)記載の家屋。以下、本件家屋という。)を見つけ、これに居住しようとしたが、一人で買受ける程の資力がなかつたので、同人の妻の兄である原告に協力を求め、前記一のとおり原告と共同で本件不動産を買受けたこと、しかし本件家屋の一部には原告らが買受ける以前から、高野与己らが賃借し居住していたので、原告および市島厚は本件不動産を買受後右高野らに対し、その明渡を求めたが、受け容れられなかつたこと、そこで原告らは明渡請求訴訟を提起し、昭和二六年五月二二日勝訴判決を得たが、高野が控訴をしたため、結局昭和二七年一一月ころ東京高等裁判所において、高野が金六五万円の立退料を受領することを条件に本件家屋を明渡す旨の和解が成立したこと、そして、高野が立退いた直後の昭和二八年八月から市島厚が死亡する昭和三四年八月までの間、本件家屋の一部に市島厚の一家が居住していたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

3  成立に争いない甲第二号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二および原告本人尋問の結果の一部によれば、原告および市島厚が、前記のとおり、本件不動産を買受けるに際し、あるいは高野与己らに対する明渡請求訴訟の訴訟費用などに、各自が相当程度の出資をしたことは窺えるけれども、原告主張のように右両名の支出額が別紙(二)記載のとおりであることや、原告が市島厚に対し、同人の支出金額金七七万円を支払つたことを肯定するにたりる資料がない。すなわち、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人市島綾子、市島トミの各証言および原告本人尋問の結果の中には、右の原告主張事実に符合する部分があるが、これらは証人佐藤儀一の証言ならびに弁論の全趣旨に照らすと、にわかに信用できないし、右の原告主張にそう記載がある原本の存在と成立に争いない乙第五号証は、後日日付を遡らせて作成されたもので、審査請求の段階に至つてはじめて提出されたものであることは当事者間に争いがないところ、証人佐藤儀一、市島トミの各証言に照らして考えると、その内容の真実性にも多分の疑いがあり、採用しがたい。

4  原告は、昭和二八年八月市島厚およびその長女市島綾子に対し、本件家屋の一部を賃貸した旨主張するが、証人加藤典子、市島綾子、市島トミの各証言および原告本人尋問の結果中右主張にそう部分は信用できない。また甲第一号証の一は作成日付に疑いが残るばかりでなく(市島厚が死亡した昭和三四年八月まで、一応作成することが可能である。)、原告と市島厚は親類で、しかも本件持分の移転でさえ、それを証する契約書などを作成していない(このことは、当事者間に争いがない。)事情などを併せ考えると、その内容についてもにわかに信用できず、右原告の主張を裏づける資料としては採用できない。

5  さらに原告は昭和二八年八月から昭和三四年まで、本件不動産に合計金二七八万円を単独で支出した旨主張するが、これを証する資料はまつたくない。

以上の事情を総合して考えると、市島厚は本件不動産を原告と共同で買受けて以来、原告が本件持分を譲受けたと主張する昭和二八年八月(なお、成立に争いない甲第三号証の二によると、原告は審査請求の段階では、右の日時を「昭和二七年中」と主張していたことが認められる。)以降も引続き、本件不動産の持分権者としての行動を示しており、しかも前記二の1の(ハ)の登記原因の日となつている昭和三四年五月八日までの間に、市島厚の本件持分が原告に移転した形跡は窺われないところであるから、右登記原因の日をもつて、本件持分が原告に移転したものと推認せざるを得ない。

そして、右移転の日である昭和三四年五月八日ころ原告が本件持分移転の対価を支払わなかつたことは当事者間に争いがなく、またその以前の時点において原告より市島厚に対し右持分移転と対価関係にたつ何らかの給付がなされていたと認むべき証拠は全くないから本件持分移転の原因は右日付の贈与とみるのが相当である。

三  そうだとすれば、本件処分の贈与税額、無申告加算税額が被告主張のとおりであることは、原告が争わないところであるから、被告の本件処分は適法というべく、この取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚淳 裁判官 井野場秀臣 裁判官 佐藤歳二)

別紙

<省略>

別紙

(二) 本件不動産についての原告及び市島厚の支出明細

<省略>

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